変革のシンボル

ロバート I. トービン

(本塾{慶應義塾}大学商学部助教授/国際ビジネス・コミュニケーション)

 

私は、企業がどのように変革するかを研究していますが、そこで驚いたのは、シンボルが変革を受け入れやすくするという事実です。

ある外資系銀行の社長が、西日本の支店を閉鎖することになりました。社長は、閉鎖の理由を社員や取引先に時間をかけて説明し、特に社長には再就職を援助すると約束しましたが、社員は社長の言葉に不安を覚えました。また取引先からも社員の将来が心配だという声が聞かれました。この後、社長は毎週支店を訪れ、再就職先斡旋に努力しました。ある日、再就職のために履歴書を書いていた秘書が社長にある言葉をどう英訳すべきか質問しました。彼にとってこれはごく何気ない行為でした。しかしこの誰の目にも明らかな行為が社員や顧客にインパクトを与えました。社長が一人の社員のためにそれほど時間を割いたという話は瞬く間に広がり、取引先からも、社員の再就職先を支援する彼の熱意を評価する声が聞かれました。シンボリックで人目に付くこの行為により、まわりの人々は社長の誠意を信じたのです。特に外資系の企業など母国語が異なる社員の多い企業で変革を起こす際に、シンボリックな行為は、気遣いを表現する上で言葉以上の力を持つようです。

次ぎに紹介するのは、日本の中小企業の何社かが外国企業に買収されたケースです。被買収企業のひとつは、わずか数年間に何度も企業合併や買収を経験しており、そのため社長は変革に対して何も感じなくなっていました。買収する側の企業は特別チームを結成し、変革を積極的に受け入れる動機付けを行おうとしました。ところが被買収企業の社員は何かが変わるとは思えず、移行過程に積極的に参加しようとはしません。しかしあるひとつの変革が彼らに新しい会社は違う、他にも色々と変わるのではないかと思わせました。スタッフの制服が廃止されたのです。この小さな変革が、買収主の企業が大々的な変革を実行することを社員たちに明確に予感させたのです。制服規定を廃止することで、新企業は変革を受け入れやすくする雰囲気を作り出したといえます。

これらの事例を提供してくれた企業の経営陣にとって、シンボリックな行為の効果は驚くべきことでした。なぜならこれらのシンボルは、変革の過程を早急に進めるために故意に選ばれたものではないからです。シンボルがなぜそれほどのインパクトを持ったのか?恐らくその理由は、抽象的な概念に過ぎなかった変革を具体的かつ個々人にとって身近なものにしたからだと思います。こうした調査に刺激されて、私が担当する商学部の授業でも組織文化についての理解を深めるため、組織の様々なシンボルについて学生と考察しています。