Taj 多事
Taj 多事
2009
昨晩も少々夜更かしをしてしまって起きたのは7時15分.急いで身支度をして8時に家を出る.1週間のご無沙汰だからリキシャの運転手達が待っているがどうかわからない.いつもの「オニイさん」はすでにビジネスに出たようだが,いまや懐かしのいつもの「オジさん」がいた.いつものようにニッコリと首をかしげて車に招いてくれた.このオジさんの運転はいつ乗っても気分がいいし,運転しているカッコが抜群だ.道もすいていて8時30分着席.
さあ,まずはメールの処理.1週間も貯めたメールは,できれば見たくないけど仕方ない.スパム・フィルタをくぐり抜けたメールが624通.どうせこのうち9割5分以上は,見るにも値しないメールにちがいない.このジャンクメールの山から,用のあるメールをゴミ箱に捨てないで探し出すのが一仕事.TERIのイントラネットのメールもあるから,結局メールの処理が終わったのは10時過ぎ.どっと疲れる.
ちょうどそのころジャネイルがやってきて,太陽光モジュールと太陽電池ランプのLCAに関する論文をかき集めて整理できたら持ってくると伝えに来た.隣のツシタがDSDSの関係でLaBLについてジャネイルに電話でインタビューしている.さっき聞けばよかったのに.とにかくDSDSが終わるまでは,みなさん忙しそうです.DSDSとは,Delhi Sustainable Development Summit(デリー持続的発展サミット)の略.TERIの一大行事で,日本からは元首相なんて人も来ることがあります.
メールの中には,K君からの修士論文が含まれていた.体調を崩して何もできない期間が随分とあったが,なんとか提出に漕ぎ着けたのはほんとうによかった.当初の予定では,小生が日本を立つ前に相当程度進める計画であったが,それがかなわず,十分な指導ができなかったことを申し訳なく思う.分量を増やせばよいわけではないけれど,ジャーナル論文ではないので,勉強した事をもっと丁寧に書いておけばよかったかなと思う.また,日本ではほとんど使われていないインドの個表データを使ったのだから,そこから得られる基本的なファインディングをもっと突っ込んで整理しておけば,もっと問題点をクリアに抽出できたのではないだろうか.でも提出できたということが今後の自信になると思うので,病に負けずにこれからの道を歩んでほしいと願う.一息ついてまた馬にでも乗って気分転換したらいかがでしょうか.修論面接に小生も26日に日本に戻ります.
昼は,久しぶりのGulab’sでBhindy Do Pyaza(オクラとタマネギ,Rs. 45)とRoti(パン,Rs. 3)を2枚を食べる.何かアウェイからホームに戻って来たという感じだ.
3時頃,厠に行こうとすると,お前とどうしても話したいと言っているお方がいるからちょっと待てと,引き止められた.TERIの東京オフィスのラビンダー・マリクさんだ.お名前はお聞きしていたのだが,お会いするのは初めて.えっえー,名刺を見ると「Visiting Lecturer, Keio University」と書いてあるではないですか!こういうのって何で日本にいるときに誰も教えてくれないのでしょう.マリクさんも小生がここにいるのを知らなかったわけで,TERIの事務方の人が日本人がいるということで,小生の席に連れてきてくれて,お互いに「 えっえー」.よく聞いてみるとGSECの前事務長Kさんがマリクさんの窓口だったようで,Kさんと小生は口を聞かない仲なので仕方ないか.マリクさんは,DSDSに出席するための訪印で,デリー滞在中は小生のすぐ傍の席に座ることになった.DSDSの間は,席に籠って海馬(トド,To Do)討ちをしようかと思っていたが,そうもいかないのか?
Mr. Singhの車も久しぶりだ.共和国記念日のパレードは,一番下の子といっしょに行ったとのこと.大統領の席と通りをはさんで向かい合わせだっということで,えらく自慢げであった.
8時半すぎ,セナさんがやってきて,ラージャスタン旅行の話を少しする.本題は旅行の話じゃなくて,小生の住まわせてもらっている1階上にもう1部屋あるのだが,そこへアカウンティングの専門家になるために地方から研修にくる学生が住まうことが決まったそうだ.
ちょっと喉が痛くて,鼻が出る.まさに季節の変わり目だから気を付けないと.とっとと寝よう.
2/2の天気予報 最高気温23℃、最低気温5℃、晴れ
2/2の天気 最高気温23℃、最低気温8℃、平均気温16℃
灯台下暗し
09/02/02