●井原哲夫教授・著書

時間支配の時代 人はなぜ時間にこだわるのか

<内容紹介>
はじめに
 私たちは、昔に比べたらずっと時間的にゆとりがある社会に住んでいるように思える。 生産効率が高 まって、時間当たりの収入はずっと増えている。洗濯や炊飯は機械がやってくれる。 寿命が郡と延び て、人生そう急ぐこともなくなっているような気がする。
 しかし、人々は決してのんびり暮らしているようには見えない。ビジネスマンはまるで時間と 競い合 うかのように動きまわっている。時間を追い抜こうとするのか、高い料金を払って飛行機や新幹線を利用 する。 即時に連絡をとろうと携帯電話を持ち歩く。
 どういうわけか、人々はますます忙しくなっている。生活が一日の中に収まりきれずに、睡眠時間が減 る一方なのだ。 といっても、人間は眠らずには生きてはいけず、なんとか別の方法で時間を手に入れよ うとする。このニーズに応えようと、より速い交通機関、 便利な情報機器、家事時間を短縮する商品な ど、次から次へと新商品が登場する。ある行動をしながら別の行動をとることを可能とする商品が話題に なる。
 技術が進歩して、生産の効率は大変に高まってきた。この背景には「楽していい思いをしたい」との人 間の欲求があったはずである。 それなのに、人々はますます忙しくなっている。こういった矛盾は、なぜおこったのだろう。この疑問に答えながら、世の中の本質と変化の方向を 「時間」という視点から示 すのが、本書の一つの目的である。
 その答えを一言で表現すれば、社会全体としての時間の効率を上げるには、人々が時間に追われるよう な社会構造に変わらざるを得なかったということになる。 しかし「時間に追われる」とは「労働密度」 が高まるという意味ではない。「時間に追われているような気になるとき」とはどのようなときか考えて 見ればわかるが、これには主に 二つある。
 一つは、締め切りがあって、それまでに仕事を終わらさねばならないときや、人と会う約束があって、その時間までに定められた場所に行かねばならないときである。いわば、時間約束を守らないと広い意 味でのコストを感じる場合である。今の社会は、サービス経済かが関わって、時間約束の網の目がますます細かくなりつつあるのだ。
 もう一つは、他と競争していて、先んじたいときである。内野ゴロを打って、一塁ベースに速く到達しようとしている打者は、相手チームの首尾のスピードに勝つかまけるかで、結果が天と地ほども違ってしまう。 昔は、時間当たりの効率を上げれば、それだけ満足度が高まったのであるが、今は勝たないと成 果が得られない分野がますます広がっているのだ。新商品の開発競争など、この種の競争に多くの人が巻 き込まれているのがいまの社会なのだから せわしい気持ちなるのは当然である。
 人間は必ずどこかに存在し、時間の経過の中で生きている。時間と場所によって規定できるといっても よいが、従来、意識され重視されてきたのは、場所の方であった。 領土の獲得が農業や資源の確保の不 可欠であり、力の強化につながったからこそである。個人にとっても、住居や仕事場という場所は満足度 を高める上で大変重要だった。
 しかし、世の中の変化は、すべての分野ではないとはいえ、場所の重要性を弱める方向に動いている。 そして、本書で詳しく述べるように、時間の重要性はますます高まる方向にあるのだ。 今やすでに、時 間の視点から人間や組織の行動を観察しないと、世の中がよく見えない時代に入っている。まさに、「時 間支配の時代」の到来である。
 一方で、人間にはのんびりとしたいとの欲求がある。時間から解放された生活への欲求は、永遠に満た されないのであろうか。終章で、未来社会を展望しながら考えてみたい。


<目次>
1.時間が重視される時代
 時間に追われるようになった
 時間節約のためにコストをかける
 時間が消費を制約する時代へ
  もう一つの時間の意味 −タイミング−
  価値の高い時間帯が変わる
 サービス化が時間の価格帯パターンを変える

2.人はなぜ時間にこだわるのか
  欲求は時間とともにやってくる
  時間を意識するその他の要素
  人間の肉体特性との関わり   
   制度が時間を意識させる
   時価拘束が時間意識を高める
  自然が時間を制約する  
   先に働く  
   時間の貯蓄  
   時間は平等に与えられるものか

3.時間を制したものが勝利する
 
消費者の時間の奪い合い
  有利な場所に存在させる競争
  「ながら」に参入  
  消費密度を高める

4.時間を作り出す
  睡眠時間を削ってでも
  「時間を売ります」産業
  サービス業に時間戦略
  高価格時間帯と低価格時間帯の平準化
  忙しい人の時間を節約するのは合理的

5.時間へのこだわりが街を作る
  人はどこに住むのか
  立地は需用者の時間を節約するように行われる
  交通網が街の骨格を作る
  工場は郊外へ
  昔の街といまの街

6.予約の時代
  サービスは思うように利用できない
  無計画な行動は高くつく
  自由と予約社会の調整  
   予約を破ることの迷惑  
   自由なライフスタイルのために

7.先んじたものが市場を制す
  勝者が評価される世界
  先んじるには情報が必要
  制度は勝ち負けをはっきりさせる  
  消費情報・効率アップ情報・出し抜き情報

8.産業社会の変化と人間関係、そして時間
 
人間が見えてくる生産活動へ
  ストック型人間関係の崩壊
  ネットワーク型の供給体制へ  
  場所の意識を薄れさせる人間関係へ
  時間人間と空間人間

9.時間を意識しなくなる時代はくるか
  時間を意識しなくなった世界
  未来社会の二つのシナリオ
  「時間支配の時代」に適応するために


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