企業経営のキーワードとして最近脚光を浴びているものの中に、CSR(Corporate Social Responsibility、 企業の社会的責任)、サステナビリティ(Sustainability、持続可能性)、トリプル・ボトムライン (Triple Bottom Line、経済的側面+環境・社会的側面)、SRI(Socially Responsible Investment、 社会的責任投資)、ステークホルダー(Stakeholder、利害関係者)などがある。これらのキーワードは皆、 21世紀の経営が20世紀までの経営とは大きく変化してきていることを示している。
20世紀までの経営において良い企業と言えば、儲かっていて伸びている企業、とされてきた。 確かに企業は利益をあげていかなければ存続し得ない。社会全体に対してプラスの貢献をしていくことが 企業の存在理由であり、その結果として利益が生まれる。収益性が高いことはその証明となる。 また戦後長い間、日本は基本的に成長社会であり、中にいる人間に創造性を発揮してもらうため、 そして彼らのモラールを高めてもらうため、企業自体が大きくなり社会的ステイタスを向上させ、 多くのポストを生み出していく必要があった。企業は常に発展していなければならず、それが成長性の高さであった。 現代においても収益性と成長性の重要性は不変であるが、前述の多くのキーワードの示すものは、自分だけが伸びていて儲かっている、という企業はもはや良い企業とは呼べなくなってきている、という事実なのである。
本論で詳しく検討していくが、過去の議論を振り返ってみるとかつては企業の社会性の是非について賛否両論があり、 経済性のみを達成することこそ企業の存在意義であり、それ以外のことをする必要はない、という議論もあった。 また、バブル期においては経済性に問題がなかったため、それとはまったく関係なく、社会に貢献すべきである、 という議論もあった。21世紀に入ってからは企業にとっての社会性が重要である、という認識が広く一般的になって きており、企業が自分だけのことを考えず、社会に貢献すべきだ、という議論は、数年前ならいざ知らず、 今や誰もが認めるという風潮になってきている。しかしながら、高い社会性を持つ企業、具体的には従業員の雇用確保・ 生活向上を目指し、株主に対しては高い透明性を維持し、地域・社会に貢献し、地球環境にも優しい企業という理想像と、高収益・高成長という従来の優良企業の理想像はどのような関係になっているのであろうか。如何に社会性が高くても、 収益が上がらず成長もできなければ企業として存在していくことはできない。現在のCSRブームに代表される新しい 企業経営の考え方はこの関係に関して明言していないし、ましてや実証的なデータもほとんど存在していない。 社会性が重要というが、どう重要なのか、重要視することによってどうなるのか、といった具体的な議論、 データが不足しているのである。企業評価編ではこの疑問に応えるため、CSRを企業評価との関連で考察していく。 CSR、つまりCorporate Social Responsibilityを文字通り、企業の社会的責任、と訳せばそれは決して 新しい用語ではなく、日本でも1960-70年代から盛んに用いられてきた言葉である。しかし21世紀に入ってからのCSRは 新たな意義を持ち、そしてより広い意味を持つ用語として注目を浴びている。このCSRを企業評価の立場から 捉えてみよう、というのが第1部「企業評価」である。
まず第1章「企業評価と企業の社会性」でCSRを企業の社会性と捉え、これを歴史的経緯と様々な研究者・ 経営者の考え方と事例から検討し、CSRをどう捉えるべきかを考察する。第2章「社会性を考慮した企業評価」では 実際の企業評価での社会性がどのように扱われているかという評価モデルの実例を検討する。 第3章「実証研究による社会性評価モデル」では現実のデータによる実証研究を行なう。 現在のCSRブームからして、企業の社会性が重要であることは誰もが認めるが、それがどのような成果を生むのか、 どのように重要なのかを真正面から捉えようとする試みがこの第3章である。
第2部「企業倫理」では、20世紀後半から起っている企業経営に関する価値転換(ヴァリュー・シフト)の 状況を方法論的、歴史的にたどりながら新しい企業経営とは何かを企業倫理の観点から考察していく。 まず第4章では、ヴァリュー・シフトの学問的源流を企業倫理論、コンプライアンス論、企業社会責任論、 持続可能性論の四つの震源としてとらえ、そこから背後にある学的方法の差異について論じる。 次に第5章ではアメリカにおける企業倫理の歴史的生成過程を跡づけ、第6章ではアメリカで問題となった 倫理学を主としたアプローチと経営学を主としたアプローチを対比、検討しその統合の可能性を論じる。
第7章、第8章では企業倫理が重要視されるにいたった、社会的、実務的背景に目を向ける。第7章では 企業経営のグローバル化とそれに伴う倫理的課題事項を論じ、第8章では情報化社会がもたらす倫理的課題事項を 整理する。企業倫理が経営上の課題となる社会的背景はこの2つだけではないが、グローバル化と情報化は 21世紀初頭の現代社会を特徴付ける大きな柱であり、そのこととヴァリュー・シフトとは不可分の関係に あることを論じる。
第9章では以上の考察をふまえて、企業倫理をどのように制度化していくのかを考察する。 様々な試みが現在も進行する中で、企業内制度、民間支援制度、公的支援制度の枠組み設定と、それらの内実を 構成する12のアプローチについて概観し、企業倫理の制度化のもつ長短について論じる。
最終の第10章では第2部の考察を振り返りながら、第1部の企業評価との関係を考慮しながら、 まとめの考察を試みる。