日本の社会保障と税制

――再分配政策の政治経済学――

通年4単位 テストは秋学期末のみ
ただし、春学期は基礎編、秋学期は政策編と位置づけて講義を行う

意義と目的

 この講義の意義と目的は、最近の社会保障政策の動向を理解してもらうのみならず、君たちが大学を卒業し、社会で重責を担う年齢に達したときでも,自分自身で社会保障の政策動向を評価し,さらには政策をデザインすることができる力を身に付けてもらうことにもある。そして、講義を進める際に、特に次の2つのことを意識する。

  • 物事を抽象的に考える(モデルを使って考える)大切さを分かってもらうこと
  • 望ましい政策を導き出す考え方は、実は、数多く存在し、考え方の数だけ「望ましさ」があるのを分かってもらうこと


なぜ、これら2つのことを意識した講義を行うのかを理解してもらうために、少し説明しておこう。

 今、君たちに、「社会保障に関する過去1ヶ月の政策動向を、10分間で分かりやすく説明せよ」という課題が与えられたとしよう。君たちの能力をもってすれば、この課題は難なくこなせるはずである。そこで次に、「過去1年の社会保障の動きを、10分間で分かりやすく説明せよ」と言われたとする。さらには、「過去5年、そして過去10年の動きを、10分間で分かりやすく説明せよ」と、質問の難易度がエスカレートしていったとしよう。この種の難問にみごとに答えるためには、現実の政策動向の中から、枝葉末節を取り除き、重要な要因のみをもって抽象化したシナリオを作る能力がなければならない。さらに時には、身近な例にたとえながら――身近な例に対する共通の理解の助けを借りて説明の時間を節約しながら――複雑な出来事を分かりやすく説明する能力が必須となる。これがすなわち、物事を抽象的に考える能力、モデルを使って考える能力、あるいは本質を見抜く能力というものなのである。こうした能力がなければ、10年のできごとを10分というコンパクトな時間に意味ある形で要約することはできない。

 それでは次の課題については、どうであろうか。「社会保障の過去における政策動向を評価するとともに、将来の望ましい社会保障と税制の在り方を提案せよ」。この課題に答えるためには、何をもって「望ましい社会保障」のあり方なのかという評価規準を、どうにかして設定する必要がある。ところが面白いことに、何をもって望ましいとするかという評価規準は、実は、ひとつではなく、世の中にはたくさん存在するのである。わたくしは、君たちに、数多くの評価規準を示し、そのなかから、君たち自身が望ましいと思う望ましさ (?) を選択してもらいたいと思っている。何を言っているのか分からないかもしれないが、講義に出席していれば、不思議と理解できるようになるので心配の必要はない、と思う。

 このようなことを意識しつつ、具体的には、「社会保障のまわりで,過去10数年の間,いったい何が起こってきたのか,そしてこれから10数年にわたって,いったい何が起ころうとしているのか」を理解してもらえるように講義を進め、中長期的な視野で政策動向を大局的に把握する力を身に付けてもらいたいと願っている。

 また、社会保障は,ほとんど毎日、新聞の紙面をにぎわしているわりには,これらの制度は複雑で用語は特殊すぎるために,多くの人は,問題の所在をとらえきれていない。基礎編・政策編からなる, この社会保障論では,政策の動向を大局的に把握する力を身に付けてもらいながらも,制度,用語の説明を可能な限り行っていきたい。

 なお、この講義の特徴の一つは、講義専用のホームページから、講義のハンドアウト・関連資料をダウンロードしてもらうとともに、ホームページを通じて社会保障・税制に関連する情報を、随時、君たちに提供できるシステムを活用していることにある。1999年より始めたこの方法のおかげで、タイムリーかつ相当の量の情報を、毎週、君たちに提供できるようになっている。

目次(シラバス)

『春学期(基礎編)の目次』

再分配政策の実証分析T

          実証経済学と規範経済学

          再分配政策の実証分析
         ・最適所得移転――Hochman and Rodgersモデル
         ・Directorの法則

          練習問題・参考文献

再分配政策の実証分析U

          投票者モデルと利益集団モデル
          ・Beckerモデル

               ・Denzau and Mungerモデル

          複雑な制度がデザインされる理由

          練習問題・参考文献

再分配政策の評価方法T

          新厚生経済学の考え方

          新新厚生経済学の考え方

          アマーティア・センの厚生経済学

          宇沢の社会的共通資本・宮本の社会資本の考え方

          ロールズの社会評価

          アローの不可能性定理

          不可能性定理に関する経済学者たちの所感

          練習問題・参考文献

再分配政策の評価方法U

          評価の規準(1)――ターゲット効率性

          評価の規準(2)――資源配分上の効率性

          その他の評価規準

          練習問題・参考文献

最適課税

          新新厚生経済学における最適な所得再分配の考え方

          なぜ歪をもたらす税金を課すのか

          なぜ累進度が増すと死重損失が大きくなるのか

          累進課税のもたらす死重損失の図解

          死重損失と再分配の関係

          効用可能性曲線と歪をもたらす課税

          練習問題・参考文献

租税や社会保険料は誰が負担するのか

        租税の転嫁と帰着

    公共選択論の考え方T

          慈悲深い専制君主モデルとリヴァイアサン・モデル

          立憲的租税制限付きの収入最大化政府

          課税ベースと税率の制限

          望ましい税制のイメージの違い――伝統的財政学と公共選択論

          練習問題・参考文献

公共選択の考え方U

          リヴァイアサン・モデルに基づく財政選択論――普通税か目的税か

          財政選択のシミュレーション

          社会保障への必要度が高まると?

         練習問題・参考文献

基礎編から政策編への橋渡し――日本の少子高齢化社会問題を考えるにあたって

          社会保障と社会の形

          日本人の生活水準の維持と必要成長率

          少子・高齢化社会に対するナンセンスな問題設定

          公平に対する価値判断と統治原理としての公平

          練習問題・参考文献

『秋学期(政策編)の目次』

  • 長期不況化にある日本の経済財政状況と社会保障の位置
  • 日本の社会保障の形と先進諸国の社会保障
  • Esping-Andersenによる比較福祉国家の理論と福祉国家の3つの世界
  • 社会保障の費用負担問題と所得再分配
  • 医療保障政策と医療経済学
  • 年金政策と年金の財政方式
  • 介護政策と医療政策の連携問題
  • 生活保護
  • 政策を通じて知って欲しいナショナル・ミニマム設定の難しさとスティグマ問題

 

秋学期の講義の順番は、その時々の政策の動きに歩調を合わせることを優先する。

評価の方法

·          出席+秋学期末テスト(テストの事前に複数の問題を公開する。テストでは、そのなかから出題)

テキスト

権丈善一(2001)『再分配政策の政治経済学――日本の社会保障と医療』慶應義塾大学出版会

参考文献

権丈善一(2004)『年金改革と積極的社会保障政策――再分配政策の政治経済学U』慶應義塾大学出版会
池上直己・遠藤久夫・田中滋・二木立・西村周三編(2004)『講座 医療経済・政策学T』勁草書房

その他連絡事項

·          ハンドアウトは,毎週,http://www.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/index_jp.htm よりダウンロードしてもらう。パスワードは最初の講義で連絡する。

·          講義には、その日の日本経済新聞を持参して出席することをすすめる。